inserted by FC2 system







隣の花は赤い



















町外れに蔦を絡ませた寂れた洋館があった。

人気も無く、誰も近寄らない。空き家のような家だけど、確かに人は住んでいた。

住んでいるのは年中真っ黒な服を着た薬売りの女。

それと、その女に付き従う弟子が一人。









もっぱら、売り歩くのは弟子の方で、黒の女は家から一歩も出ない。

薬は不思議なほどによく効いた。

高熱を出した坊やはすぐに熱を下げ、寝たきりの老人は翌日には早起きしてそこらを歩き回っていた。

その、薬を作っているだろう洋館からは、白いような緑のような鼻にツンと匂う煙が毎日のように昇っていた。

皆はうわさした。

あそこで暮らすのは魔女ではないか。

あの薬には魔法がかかっているんだ。と。

興味本位で、洋館に近寄った者がいうには、毎夜女の高笑いが聞こえるのだとか。

それから、薬の煮える音、庭の花の揺れる音、魔女の弟子のぼやき声。

うわさがうわさを呼び、面白おかしいように話は作り上げられた。

だからこれからするお話もその噂の一部なのかもしれない。























魔女の弟子は何の変哲も無い、平凡な少女で、名はエリザといった。

愛想が無く、気立ての悪い子で、薬を売る以外は町の人間と会話をしなかった。

あんたのとこのご主人は元気かい、などとさりげなく魔女について尋ねられても、さあ、と言うばかり。

エリザは魔女の待つ家に帰ると、その日の売り上げを渡す。

売り上げが少ないとエリザが魔女から叱られた。

怒られないように、その日の分のノルマだけは売れるように町中を歩き回っていた。

売り上げを渡した後は、エリザは魔女に庭の薬草摘みを命じられる。

それをずっと日が暮れるまでやっている。

薬草の選別は難しいから、本を見て、時々魔女に尋ねながら日が暮れる前までに終わらせていた。

















エリザが師とする魔女は、それはそれは美しい女だった。

年齢はエリザより遥かに上のはずなのに、エリザと同じくらい若々しい。

白く滑らかな肌には皺一つ刻まれず、黒い瞳はいっさいのにごりも無い黒曜石のようだった。

もちろん、髪に白いものは一本も見当たらない。

烏の濡れ羽のように艶めいていた。



エリザは同じ女として、魔女の美しさが妬ましかった。

その妬ましさだけで、魔女の弟子になったと言っても過言ではなかった。

日々、魔女を観察して生活していた。

その美しさの秘密はどこにあるのかと。




ある日、エリザは魔女に赤い花を取ってくるように言われた。

庭に咲く花の中で赤い花は一種類だけ。

白い花に囲まれるようにして、昇り始めた朝日のように赤い花は咲いていた。

エリザが摘んで魔女に渡すと、魔女はその場で花びらを口に入れた。

驚いてエリザが「薬にしないのですか」と尋ねると、「これはアタシのための花さ」と笑った。






ああ、これだわ。



これがあの女の美しさの秘密。





そう考えるとエリザの行動は早かった。

その日の夜、庭に出て赤い花を探した。

辺りは暗く、花の色はわからない。

けれど、そこは慣れ親しんだ魔女の庭、赤い花の場所を感覚だけで探し出した。



記憶を頼りに、ようやく見つけた花を摘んで、魔女がしたように歯で花びらを一枚ちぎって飲み込んだ。

苦い味がしたけれど、これで魔女のように美しくなるなら、と白い頬は紅潮した。


とたん、心臓が痛いくらいにどきどきとして、頬を昼間見た赤い花のように赤く染めて、エリザは庭へ倒れこんだ。

朝日が遠くの空で輝き始めた頃、エリザが見たのは自分の手にある枯れ始めた赤い花だった。













「おやおや、赤い花は昼に咲いてるものしか食べちゃいけないんだけどねえ」











その日、魔女の高笑いに混じって、

魔女の弟子によるものかどこぞの老婆のものか知れないしゃがれた悲鳴が洋館から聞こえたそうだ。


だが、それも数ある噂の一つであるにすぎない。