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「わかりました。案内しましょう」



子供を諭すように微笑み、僕の頭に手のひらが乗せられる。

そこで初めて、その人が自分よりも背の高い人であることにきづいた。



その人は、森の奥の方を指差す。

ここよりもまだ奥へ進むのか。

覚悟は出来ていたはずなのに、さっきとは違った眩暈に襲われる。



しかし、この世界の底のような暗闇の中で立ち往生していても、何も変わらない。進むしか無いと思った。

一歩足を踏み出して、そういえば、と思い出したようにその人はこちらに振り返った。



「自己紹介が遅れました私は白兎と申します」



「白兎?」



「女王様が名づけてくれたんですけどね。

ホントの名前は他にもあったのですが、長ったらしいので白兎と呼んでくださいね」



不思議なあだ名である。

しかも、なぜか本当の名前を『あった』と過去形で表す。

今の通り名を選んだと言うよりは、昔の名を捨てたというニュアンスに近い。

確かに、この人の雪のように白い肌は白兎のそれを連想させたが。

まあ、何にしろ初めてあった人物の内面深くにまで踏み込むつもりは毛頭無い。



「僕はアリィシア・・・アリスだよ」



「アリス、可愛らしい名前ですね」



顔に熱が上ってくるのがわかった。

性別を特定されるようなこの名前が、自分自身、正直嫌いであった。

だけど、この人に言われると自然に受け入れられる。

少しだけ、むずがゆくてもどかしかったけれど。







「じゃあ、行きましょうか、アリス」



整備されていないけもの道に足のふらつく僕の前に、さりげなく手が差し伸ばされる。

紳士的なその所作は、この人はやはり男性かもしれない、と思わせた。



普段なら、女の子扱いには反発を抱く自分だ。

母に「髪を伸ばせ」と言われ、

姉に洋服の好みを押し付けられ、

閉口しながらも、自らを『僕』と称するのは二人に対するささやかな反撃だった。

それでも、そのときばかりは白兎の手を取っていた。

促されるまま白兎についていく。

肩口までの髪と衣服についた葉を片手で払った後で、僕はスカートをはいてきた事を後悔した。



闇は変わらずぽかりと口を開いて僕らを呑みこもうとしている。

そこに僕らは飛び込もうとしているのだろうか。



今更ながらに、いや、冷静になった今だからこそ疑問に思うのだが、一体ここはどこなのだろう。

そして、目の前を歩くこの人は一体・・・。 そもそも、初めから白兎は言っていたのだ。

『森に人がくるのは…』と。

じゃあ、白兎は人ではないのだろうか。

そんなばかな。



その時、僕の脳裏を二足歩行のウサギが足早に通り過ぎていった。







コレはすべて自分の夢かもしれない。



それでも、確かめる術は僕には無いのだ。



それが夢だと、気づくのはいつだって眠りから覚めた後なのだから。












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