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「薫!」


暴走する思考に苛まれていると、いきなり両肩を掴まれた。

気づけば目の前に翔の顔があった。


「今は、何を考えても仕方ないだろ? お前は、これから、どうしたいんだ?」


これから?

何をしなければいけないんだろう。

姉さんを殺した犯人は僕の父さんである可能性が大きくなってきた。

身内の犯行であるにしても、一市民として最良の行動は、警察にこのことを伝えて、証拠物件として携帯電話を渡すことだろうか。

それでも、僕は。


「・・・・・・携帯はしばらく解約しない。もしかしたら、また鳴ることがあるかもしれないし」


「・・・・・・それで?」


「これは、お前に持っていて欲しい」


僕が携帯を手渡すと、目に見てわかるほどに翔は動揺した。


「俺が!? ていうか、誰にも言わないつもりかよ!」


「ああ」


僕があっさり肯定すると、翔は額に手を置いて首を傾いだ。

彼の、首筋まで伸びた髪から水が滴る。

いつのまにか、二人とも傘をどこかに捨ててしまっていて、ずぶぬれの状態だった。


「しょうがねえなあ・・・・・・」


翔は重いため息をついた。

その顔には諦めたような苦笑が浮かんでいる。


僕はほっとした。

もっと責められるんじゃないかと思っていた。

負わせなくてもいい責任を、彼に押し付けているから。

それでも、どこかで彼は許してくれるんじゃないかと、甘い考えも持っていた。

それに、ここで彼が断れるわけがないと、彼の優しさにも甘えていたのだ、自分は。


雨が二人の体を滴る。

意識すれば、寒気がしてきた。

このままだと風邪を引くかもしれない。

とりあえず、近くの僕の家に行くことにした。


気づけばもう夕暮れで、曇り空のせいもあって、道のりはひどく暗い。

行き着く先は絶望、そんな気分になるほどだ。


「僕は、独りになってしまったな・・・・・・」


口に出すつもりはなかったが、本当に独りになった気がして、横に彼がいるにも関わらずつい漏らしていた。


「自棄になるなよ・・・・・・俺がいるだろ?」


翔が言う。


それは三流青春小説のワンシーンみたいな台詞だった。

もし、彼が僕の目を見て、熱く語りかけるような白々しい真似したら無視していたかもしれない。

けれど、彼はこちらをまったく見ないで地面に視線を落としていた。


たぶん、彼は一緒にすべてを背負ってくれる覚悟でいる。

それが嬉しくて、怖い。


そのまま受け取ることができなくて、僕は彼の思惑には気づかない振りをして、苦笑で返した。


「やめてくれ、サムイ」


「ひでえな、人の好意を」


翔は傷ついた、というように肩をすくめた。

そんな様子が叱られた子供みたいでおかしくて笑った。


きっと僕が再起不能なまでに落ちてしまっても、気づかない振りしてそっと手を差し伸べてくれるのだろう。

だから、頼ってしまう。弱い部分をさらけ出してしまいそうになる。

だから、怖い。

それは、良い兆しなのだとずっと前に姉さんは言っていたけれど。


誰かの死に、裏切りに、これ以上傷つきたくない。

大切なものは作りたくない。

そうは思っても、そばにいてくれる存在をまだ手放したくはなかった。





雨はまだ絶えることを知らないかのように降り続いている。

重い雲の先に青い空は見えない。

僕の行き着く先も定まらない。

定まらなくても僕は翔を道ずれにしようとしている。

それはしこりのように僕の胸に罪悪感を植えつける。

この雨が悲しみを作り出すものじゃなく、すべての罪を洗い流してくれるものであればいい。


目の前にはもう、外灯の明かりに照らされたアパートが見えていた。






















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