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「何?」


薫の言葉に眉を寄せる。
薫は表情を曇らせて手に持った携帯をじっと見つめていた。不穏な空気が漂っている。
こちらからは促さず、話すのを待つことにした。


「・・・・・・携帯を拾ったとき、あまり濡れてなかった。拾ったときは雨が降っていなかったからそのときはあまり気にしなかったけど・・・・・・これっておかしくないか?」


「・・・・・・」


確か、昨日の夜はひどい雨だった。
朝方は少しやんでいたが、ほんのわずかな時間だ。
何時からやんでいたのかわからないし、このアパートから薫たちの家の近所である公園からは距離があるから正確な時間はわからないが、雨がやんでいたのは2、3時間程度だろう。
昨日の雨を考えなくても今は梅雨の真っ只中だ。
携帯があんな場所に一ヶ月放置されていたら水没して即ショートすることも考えられる。


「だとしたら・・・・・・姉さんが落としたとするより、雨がやんでいたほんの数時間の間に何者かが携帯をあの場所に置いたと考えるほうが、つじつまが合わないか?」




薫が視線を寄こし、意見を求めてくる。



誰かが、あの場所に故意に携帯を・・・・・・?



いったい、何のために? 


それにアラームをセットしたのがその誰かだとするとどうして今日でなくてはいけなかったのか。


新しい疑問点は生まれるものの、そう考えた方が、千夏が落としたと考えるよりも妥当な気がした。


「じゃあ、どうして今日なんだ? 今日は何かあるのか?」


「その何者かが姉さんを殺した犯人だとして、その犯人が僕に携帯を拾わせたくて、こちらに何かメッセージを送っているんだと考えれば今日という期日にこだわらなくてもいい」


薫の言いたいことがわからない。
俺が眉をひそめると薫は続けた。


「僕は、月曜は午前中の授業が無いんだ。だから、毎週月曜日、姉さんが死んでから今日まで一ヶ月、公園に通い続けていた」


今日はちょうどその月曜だった。
千夏が死んでから一ヶ月経つが、考えてみると月曜はいつも雨だった気がする。
俺は一日休みだが、薫は午後だけ授業が入っている。


「何のために?」


「言っただろう、僕は真実を知りたかった」


薫は強い目で俺を見た。

たった一人の大切な人を失って、それでも大切なことを見失わない。
それは時に冷たく映ることもあるだろうが、そのまっすぐな強さは俺には無いものだった。


「ずっと待っていたんだ。犯人は、月曜日に雨がやむのを。それから僕が携帯を拾うのを。月曜に雨がやんだのは姉さんが死んで以来、今日が初めてだった。きっと・・・・・・今朝も、どこかで僕を観察していた・・・・・・あの公園にはあの時犯人がすぐそばにいたのかもしれない」


薫の目が揺れながらこちらを見る。
青ざめた顔は心なしか震えている気がする。
それでも瞳の強さだけは揺らがない。
薫は何を考えているだろう。
もしかしたら犯人と対峙していたかもしれないことへの恐怖か、それが無かったことへの安堵か、それとも犯人を見つけるチャンスを逃したことへの後悔か。

表情からは読み取ることはできなかった。


「行ってみるか?」


「え?」


恐怖か、安堵か、後悔か。薫が何を思っているのか俺にはわからない。
それでも決意したなら、動かなければならないと思った。
それがどんな危険性を孕むものであっても、二人なら大丈夫なのではないかという安易な自信をどこかで持っていた。


「真実を、確かめに行こう」


俺が薫の瞳を見返すと、彼は強い目のまま頷いた。
















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