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愚者の系譜
























そろそろと、気だるさで湿ったような布団を這い出て、縁側と寝所を仕切る障子を開ける。



縁側まで重い腰あげて出てくると、庭と呼んでもいいものかと思うほどの荒地が眼前に広がる。


私はそのまま座って、庭を眺める。

雑草は青く青く行き場のない葉先を震わせてそれでも力強く伸びていた。
蔦は這い這い木々に絡まり家屋に絡まりしなやかに侵食を続けている。


いつから手入れをしていないのだろうかと、ぼんやり考えた。


幼い頃に塀の内側に沿うように植えられた染井吉野は、
今では長い枝を女の腕のごとくに塀の上にしなだれさせている。
他の枝は空に伸び、葉を風に揺らしていた。


自然に任せるというのは体のいい言い訳に過ぎず、実際には手入れをする人がいないのだ。
まだ、雑草が爪の先ほどであったなら私も毟って綺麗にすることが出来た。
ここまでくると、歳の所為もあるが少し無理がある。結局は放置するほかに無かった。


桜の木の隣には申し訳程度に手入れされた池があった。
草を踏みつけ池に近づき覗き込む。
赤い魚と青い魚が透きとおったひれを揺らして泳いでいた。
昨日、縁日で気まぐれに買ってきたものだ。
広い所がいいだろうと池を掃除して水を張って、魚を放した。
綺麗になった池の中では二匹が互いをつつき合っている。


「仲のいいこと」


満足に微笑んで空を見上げる。

仰いだ空は枝と蔦のせいで狭く、けれど透徹として青い。
吸い込まれそうな、そのまま飛んでいけそうな気がした。





どこからか少年の声が聞こえてくる。


近所の子供らだろうか。


いや、違う。


おかしな話だとは思うが、私には空から声が降ってきたように感じられたのだ。


声の主を知っていた。


私がまだ少女であった、三十年以上も前に聞いた声だ。













続く