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あの日世界は正常だった





「やあ、また会ったな。クマくん」


昼下がり。僕がクマ友達と街を歩いていると、前方から見知らぬ男性が声をかけてきた。
黒い髪を首筋の辺りで撫でつけ、切れ長の目にかけられた薄いレンズが端正な顔に知性を添えている。

僕は今までこの人を見たことが無かった。ただ、声だけはどこかで聞いたことがある。「知り合い?」といぶかしげに友達に尋ねられても「いや・・・」と曖昧な答えしか返せなかった。


「あの蜂の集団との戦い以来だな」


男がそう言うまでは。


「・・・・・・っ。あの時の・・・・・・・青い・・・「ストップ」


僕が言う言葉を途中で止められる。人差し指で唇を押さえられる。
ずいぶんとキザな仕草だ。急に小声になり、耳元で内緒話をするように囁かれる。


「私が正義の味方であることは世間に内緒なのだ。出来れば口外無用でお願いしたい」


僕はこくりとうなづく。
確かに、今の姿ならまだしも、あのコスプレまがいの変態(言いすぎ)に身をやつしたこいつと知り合いだとばれたら僕としても体裁が悪い。


「ああ、君」


そこで、男は僕の友達に声をかける。友達はしどろもどろに「は、はい」と返すのが精一杯だった。友達は男女関わらず美形に弱かったのだ。


「少し私はプー太郎君と話があるのだが・・・・・・二人きりにしてくれないか」


「・・・あ、はい。わかりました。じゃあ、俺先帰ってるからな、プー」


「え?ちょ、ちょっと待って・・・」


静止の言葉も待たず、友達は帰ってしまった。
なんて、薄情なやつだ。今日、学校で先生から「最近、変質者が増えているから気をつけましょうね」と注意があったはずなのに忘れたのか。今がその注意すべき時なのに。


「うむ、いい友達をもったな、プー太郎」


なぜか満足そうに頷く変態。どこがだ、と突っ込みたくなる。

しかもいつの間にか呼び捨てにされていることに危機感を覚える。いやだ、これ以上この変態との距離を縮めたくない。


「僕、忙しいんだけど」


そいつの顔から目を背けてぼそりと言う。
言外に早く解放してくれと伝えているのだが、残念なことにこいつは空気が読めない。


「そうか、じゃあ、何か私にも手伝えることがないか?」


僕はうなだれて長いため息をついた。どうして、こいつはこうなんだ。 良心から言っているのはわかる。悪気はないのだ。ただ端的に言うとKYなのだ。


「なんで僕なの・・・・・・?」


ひとりごとのように発した言葉には色々と意味が含まれていた。
こいつに対してどうして僕にばかりかまうのか。この世界の運命を操る神様とかいうやつに対して、どうして僕にばかりこのような試練を与えるのか。

その言葉はちゃんと目の前の彼にも届いていたらしい。


「ふはは、それはだな、お前が私の心の友だからだよ」



どの辺でそう思ったのだ。この前、僕に見捨てられたのを覚えていないのだろうかこの変態は。
恨まれるならまだわかるけど、友情を感じるなんてどこかおかしいんじゃないだろうか。





「それにしてもこの前はひどい目にあった」


そいつは腫れのひいた頬を撫でながら、回想するように遠くを見つめた。
やっぱり、この前のことは恨んでいたのだ。恨まれてほっとするのもおかしな話だが、この男が正常な思考の持ち主であることに安堵する。


「あの時、蜂に追いかけられて、辿り着いた場所にお前がいて、正義のヒーローとしては一般人(?)のお前を逃がさなければいけなかった。にも関わらず『もうだめだ、助けてくれ』と思いながら手を伸ばしていた。てっきり、助けてくれると思っていたんだ。私はあの時瀕死の状態だった」


これはずいぶん恨みが深そうだ。今日、ここに現れたのも恨み言を言うがためだったのか。だったら僕は大人しく話を聞いて、こいつの気が済んだら帰ってもらえばいい。
早く終わってくれと切望しながら僕は話を聞いていた。


「あの後、私は命からがら逃げ延びることができた。自分でもこんな体力がまだ残っていたのか、と驚くほどだった。そこで、思った。ああ、あの時のプー太郎の行動は私に対する試練を意味していたのかと。『お前はまだ頑張れるはずだ。戦え、正義のヒーロー!!』と、言いたかったのだと」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」



なんでそうなる!

どういう勘違いだそれは。お前、KYにもほどがあるぞ。
言いたいことはたくさんあったが、僕の口は魚みたいにぱくぱくと開閉を繰り返すだけだ。

恍惚とした表情をする男には、僕の苦悶の表情は見えていない。


「お前は私の認めるこの世界のヒーローだ。今日はお前に私の仲間である証をプレゼントしようと思う。受け取ってくれるな?」


男はプロポーズでもするかのような口調で声を低めると、おもむろに持っていた鞄を漁り始めた。
さっきから、不自然に膨らんだ鞄が気になってはいたが・・・・・・僕はものすごく嫌な予感がした。

じゃじゃーん、と効果音つきで取り出されたそれは、例えるならカレーの色をしていた。くしゃくしゃのそれを男は丁寧にゆっくりと広げる。


「私とおそろいだ。うれしいだろう」


誇らしげに示されたそれは、この間、男が着ていた全身タイツ。
色が黄色いのは僕の体毛と似せているためだろうか。サイズも、僕に合わせて大きめに作られている。


「お前にイエローの称号を与えよう。私のことはブルーと呼んでくれたまえ」


手を差し出され、握手を求められた。

僕の体系と体色を考慮してくれたんだね、ありがとう・・・・・・なんて手を取るわけもなく。





「い、いやだあぁぁああぁぁぁあ!!」


なりふり構わず、走り出す。この変態から逃げないと。僕の目には涙が滲んでいたかもしれない。


「お、さっそく訓練か。私も付き合うぞ」


勘違い男は後ろから高笑いしながら追いかけてくる。色んな意味で恐ろしかった。








結局、10キロほど走ったところで体力馬鹿の男に追いつかれ、この先の不幸を強いられるのだが、それもまた別のお話。
















(あとがき)


勢いだけで書いた、くまのプー太郎シリーズの続編。本当のタイトルは後に「こいつと再会しなければ」と続きます。
だんだん、二人のキャラが崩壊していきます。とりあえず、ブルーの中身は美形のようです。(笑)そしてプー太郎はちょっとメタボ・・・なんでしょうね。(苦笑)
そしてブルーのプー太郎に対する態度の妖しさ・・・。まあ、これもBLというもの(違)
これから、まだピンクとかレッドとかでてくるんじゃないかな?気力があったら次回も書きます。









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