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HSBの秘密





「まず基地に案内しよう」


ブルーが連れてきたのは僕らが出会った森をさらに奥に進んだ場所だった。
僕は何も大人しくついて来たわけじゃない。抵抗し、何度も逃亡を企てた末に出した結論だ。

僕はこいつに関してすべてを諦めた。
抵抗しようとも「遠慮深いやつだ」と好意的に受け取られ、逃亡すれば「訓練か?」としつこく追い回され(当然のように追いつかれ)常識というものがことごとく通じないと判断したのだ。完全諦めモードの僕はぼんやりとした思考の中で、ストーカー被害に合う女性に今なら共感できる気がした。


「よし、ついたぞ」


言われて、僕はそれを見上げた。ずいぶん高いところにある。木の上にあるから当然だ。

見たことが無いくらい大きな木で、幹は30メートルくらいあるんじゃないかというほどだ。枝が四方に伸び、周りを太いつるが覆っている。つるは木の上にある家にまで伸び、家は木の上というより木と同化してしまっている。

木の下にはポストがあった。灰色の彩色を欠いたくすんだ色をしている。この森と同化して目立たない。ポストとしてはあまり役に立たない気がする。
一応、ここにも住所というものがあるのだろうか。


「ああ、それは目安箱だ。市民の声をここに集めるということだな」


僕の視線に気づいたのか、ブルーは説明をしてくれる。

いったい誰がこのポストに投函するというのか、抗議文ならまだしも依頼文が入ることがあるのか。甚だ疑問である。


「この森は深いからな、町の近くのポストに投函したらコウノトリさんがここまで運んでくれる」


なんてファンシーなことだろう。「お母さん、赤ちゃんってどこからくるの?」と幼い子供に尋ねられた時の答えとしてはこれで合格点なのだろうけど。


「あ、それから、この基地の名前なのだが・・・」

「名前? 名前なんてあるの?」


まあ、確かにポストに投函する際にもあて先を記さなければ届かないが。


「ああ、名前はな・・・ヒーローズ・シークレット・ベース・・・・・・通称HSB・・・・・・」


ヒーローズ・シークレット・ベース・・・・・・つまり直訳すると、

「ヒーローの秘密基地」・・・・・・?


「かっ・・・・・・・かっ・・・」


「何?かっこいい?そうだろうそうだろう」



かっこ悪い!!

ブルーは満足そうにそのHSBを眺めるが、僕は怪訝に見つめるしかなかった。大体、なぜ英語にするのか、そして略すのか、僕には理解が出来なかった。











そのHSBとやらに入ると、そこは近未来を彷彿させる様な機械に囲まれた部屋だった。外観と内観に激しい違いがある。こんなに広かったのか、と入って驚くほどだ。

パソコンが基地の壁に沿って置かれてある。全部で、いち、にい、・・・五つあった。男はその内の一つをたちあげて、「BLUE」と入力した。


「あ、お前もそこのパソコンを開いて「YELLOW」と入力してくれ。いや〜、前に使っていたやつがいきなりカレーの修行に出たいと言い出してな、ヒーローやめちゃったんだよ。そこにちょうどお前が現れてくれて、助かったよ」


「・・・・・・」


僕だって好きで現れたわけじゃない。というか、ここに至る経緯を一つずつ辿っていけば、こいつとの出会いは完全な事故だ。

他にもこいつのようなヒーローもどきがいるのだろうか。パソコンが5つあるということは可能性としてはあと3人・・・


「っていうか、これ何なの?」


僕はブルーの言うとおり入り口近くのパソコンの電源をオンにして、「YELLOW」と入力して尋ねる。


「ああ、これはだな、タイムカードだよ」


「タイムカード!?」


あの、出退勤の時間を記録するあれだろうか。


「ああ、タイムカードを押したと同時に出勤時間が記録される。そこから時給が発生するということだ」


「時給・・・・・・」


正義のヒーローなのに給料は時給制なのか。働きに応じた歩合制とかではなかったのか。
何とも、せせこましい団体だ。


「ちなみに時給は640円だ。依頼によっては一日中働かされたりするが残業代はでない。まあ、私たちはお金のために戦っているわけじゃないからな」


安! 640円なんて最低賃金じゃないのか。今時、アルバイトだってここまで安賃金で働かされない。イベントのヒーローショウやってた方がお金になるんじゃないのか。

それに、一日中って・・・もし、僕がこの先ここで働くとして、その日学校があったらどうするんだろう。そこまで考慮してくれるんだろうか。さすがにすべてを諦めたとはいえ、学校側に変態との付き合いがあるとはばれたくない。

そこまで考えて、例えの話とは言え、自分が受け入れ態勢に近づいていることに自己嫌悪に陥りそうだった。


「それって労働基準法違反じゃないの?」


当たり障りのないところから当たり前のような質問をしてみる。まともな答えが返ってくることははなから期待していない。


「ばかもの、この世界に労働基準法なんて法律はない!」


それこそ当たり前のように返される。

ああ、そうなんだ。そうなのか。また自由な設定が付け加えられたものだ。



ブルーは僕と話しながらもめまぐるしいスピードでパソコンのボードを叩いていた。

薄い眼鏡のレンズにずらずらと羅列する文字がスクロールして映っている。少し長めの前髪が眼鏡にかかる。
ブルーは口を動かす以外は目を画面からは離さない。出来れば口も動かさなければいいのに、とこいつを見ながら思った。















続く