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「クロウ、準備はできたのか」


町の出入り口には、背の高い男が立っていた。

私とそう背も変わらないクロウと並ぶと、その差がはっきりしている。

頭一個分くらい違う。

クロウとはタイプの違う男だ。

その男がこちらに目に留めて呼びかける。

おそらくはこの人がクロウの相棒とやらだろう。

年のころはクロウよりも若干年上といったところか。

細身だが、麻生地のシャツから出ている腕は筋肉で引き締まっている。

腰の辺りには装飾の少ない赤銅色の剣を提げている。

装飾は少ないけれどひどく重そうだ。この剣を扱うには相応の筋力と修行が必要なのだろう。


黒く長い髪は肩の辺りで結われていて、青い瞳は藍に近い色合い。

この髪と目の色はこの世界の人間の特徴だろうか。

そういえば、金髪碧眼なんてここで見かけるのは私くらいのものだ。

行く先々での不躾な好奇の視線を思い出して目を細める。

この世界に無い色は歓迎されない。外の世界の人間は忌み嫌われる。

そんな事実をクロウに少し聞いていた。

ごまかすにもたかが知れてるけど、外の世界から来たなどと極力言わないほうがいいな、と肝に銘じておいた。


「ああ、もう大丈夫だよ。今からだって出発できる。ごめんね、僕の勝手でただ働きに付き合わせちゃって」


「別にかまわない。立ち寄った町で仕事の依頼をもらえばいい。お前の決定に従うさ」


「悪いね」


仲間内の簡単な挨拶をすませると、背の高い男は私に視線を送った。

深く、感情の見えない藍に見据えられて、どきりとなる。

まるで心臓を直に掴まれた気分だ。


「この子が?」


「うん、外の世界の・・・・・・」


外、という言葉に反応してクロウを見る。

クロウは大丈夫だよと言う風に微笑を返す。

この人は信頼の置ける人物なのだろう。


「レイス、この人はアサギ。僕の相棒だよ。道中、危険なこともあるだろうけど、彼がいればまず安心だから」


危険なこともあるのか。

安心どころかその言葉にかえって不安を抱くほどだ。



「あ、どうも、レイスで・・・」

「話は歩きながらでもいいだろう。さっさといかないと、野宿はごめんだからな」


私の言葉をさえぎって、アサギと呼ばれる男は、懐から黒く細長い円筒状のものを取り出した。

ずいぶんと愛想のない男だ。

けれど、思ったことを飾り立てすること無く発する様は嫌いじゃない。



それにしても男の手にあるもの、これと似たものを私は知っている。

成り行きを見ていると、予想通り筒を指に挟み、その先にマッチ(だと思う)で火を点した。

火のついた筒の先の反対側を口に含み、少し吸ってから煙を吐き出す。

これがここでの嗜好品らしい。


「行こうか。」


クロウが町の外の森に向かう。



その先に道など無い。



底知れない闇がぽっかり大きく口を開くのみ。

再び、見えない波のような不安が足元から浸透してくるのを感じた。







落ちる灰を道の標しに、筒の先のオレンジの火を辿って、闇の底を行く。

男たちの髪の色は闇に溶けそうで、見失わないように注意しなければいけない。

わき目も振らず、すべてを無視して前を進むのはあふれる好奇心からなんかじゃない。

むしろ、この身をあふれるのは不安や絶望、その類。

追いかけたいからじゃなくて、その感情に後押しされるから。

吐き出される紫煙よりも頼りなげな道。

前を行く二人の黒い男。

私の信じられるすべて。

否、信じなければいけない唯一。

どれほどの不安が訪れようと、覚悟を決めたのなら踏み出さないといけない。





これがもし夢なら、この世に残された最後の希望とやらが黒い男ではなく白い兎の形をしていたならば、

それこそ地の果てまで追いかけてやったのだけど。













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