ミユ










7階建てビルの最上階のワンフロアにあるネカフェはリストラサラリーマンや浪人生の逃げ場所と化していた。
宿無しのニートのたまり場にもなってるらしく、それが悪いとは特別思わないが、どうも柄が悪いような雰囲気を感じた。

別に、俺だって好き好んでこんな場所に来るわけじゃない。
とっとと、この場から逃げたくて店の奥に入っていく。

奥の個室から、聞きなれた声がして、ため息まじりに個室の戸をそっとあけた。






「もしもしぃ? ミカでぇす。この間は電話ありがとぉ。よかったら、この後……」

ぴっ・・・・・・

間延びした女の声を遮断するように電子音が鳴る。
ケータイの通話を切られた女はため息一つついて、ゆっくりとこちらを向いた。



睨んではいるが、どうみても拗ねた子供の目だ。
唇を突き出して不満を露にしている。
だけど不機嫌というわけではない。

「ミユ」

俺は電話ですけべなオヤジに語っていた名前とは違う名前で呼ぶ。

「もうこういうのやめろ、って言ったばかりだろ」

そういうと、ミユは困ったように笑った。
残念、ゲームオーバー。遊びはおしまい。
そんな顔だ。反省なんて微塵もしてないんだ、こいつは。

「はいはい、申し訳ございませんでした」

ポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出しながらそんなことを言う。
俺にふざけた態度で謝罪する、その声はさっきの電話よりも声のトーンが幾分か低い。
こっちが本当のこいつの声だってことを俺は知ってる。

そのまま、ミユは慣れた手つきで使い捨てライターで火をつけようとしていた。
そのライターを取り上げる。

「煙草も没収。未成年なんだから」

説教じみたことを言うと、ミユはまた唇をつきだして不満のポーズ。

未成年とはいえ、俺より年上のくせに、行動はいちいち子供っぽい。

「家族が泣くぞ」

戯れにそんな事を言えば、なんとも形容しがたい笑みで返された。

困っているのとも面白がっているのとも違う、どこか諦めたような笑みだ。
その顔を見て、失敗したな、と思った。
口が滑ったとはいえ、失言だった。

「うちの妹、同業者」

同業者って言ったって、そんな法に触れるような仕事はないし、ミユの妹は当然ながらミユより年下のはずだから、ミユほどは遊んでいない……はずだ。
言葉に真剣みが無いのは明らかだった。

こいつがふざけているのはきっと、傷つきたくないからだ。

「おふくろさんは…」

「ママは今日も新しい恋人のトコ」

わかってるくせにぃ、と人差し指の長い爪でつつかれる。
その仕草が慣れた風俗嬢みたいでひどく不快だ。

お前の母親のことなんて知るかよ。吐き捨てるようにつぶやいてミユから離れた。




ミユがこんな危ない遊びを始めたのはいつからだろう。
中学は離れていたからわからないけれど、高校で再会したときにはもう、こんなんだったように思う。

親が離婚したのも原因の一つかもしれない。
虐待をうけていたらしいのに、父親に依存していたミユは、どこかで父親の面影を探しているのだろう。

俺が父親の代わりになってあげればここまで悪い遊びに没頭することも無かったのかもしれない。
けど、そこまで踏み込む勇気が俺にはなかった。

俺がミユに背中を向けて歩きだすと、ミユは慌てて早足に俺を追いかける。
少ししか離れてないのに、まるで俺との距離が数メートルはあるような必死さだ。

「待って…」

ぱたぱた、と音を立てて歩いてくるのがいじらしい。
親に見捨てられたくない子供みたいだ。

ミユのたまに見せる不安そうな仕草が俺を引き止めている。

だから、またこうやって迎えにいってしまうんだろうなって、自嘲気味に笑った。

抱いてあげられなくても、見捨てることもできない。
中途半端な優しさはミユを傷つける。
俺にはミユを幸せにしてあげられそうになかった。

ミユの助けを求める手は暗闇の中でさまよっている。
その手を掴むことができるのは俺以外の誰かであって欲しい。
それでも今は、この居場所を明け渡す気にはなれないんだ。

優柔不断で身勝手なわがままだ。反吐が出る。



ネカフェを出ると、ミユが手をつなごうとしてきた。俺の指に自身の指を絡めてくる。

その手を握り返してやれなくて、俺はつないでいない方の手を強く握り締めた。









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