ミユ 〜高校〈再会〉編〜










高校の屋上はほとんど人の寄り付かない場所だった。


昔、自殺さわぎがあったことから立ち入り禁止になったのだ。

屋上へ続く扉には鍵がかかっている。

赤黒く錆びたそれが壊れていることを俺は知っていた。


一人になりたい時には屋上へ行く。
特に何をするわけではない。本を読んだり空を眺めたり。

世界中に自分一人だけ、そんな感覚になりたかった。

入学した次の日、先生の目を盗んで何気なく行ってみた屋上が、それから何ヶ月も俺の逃げ場所になるとは思わなかった。

一人になって思うことはやっぱりミユのことで。

けれど、その頃にはもうミユの存在は幼い頃の苦い初恋の相手として認識されていて、別れた直後に感じていた重い罪悪感は薄れつつあった。


あんなこともあった。俺も悪かったけれど、何かしたとして子供の俺に何が出来ただろう。


責めるのが俺なら、それを許すのも俺だった。

許されるはずがないのに。


楽観的な思考に逃げ込む俺に罰が当たったのだろうか。

あの日の再会は今でも鮮明に思い出せる。













湿度の高い初夏の熱は、梅雨の色を引きずってじわりと肌を焼いていく。


晴れた空の白い太陽は直視できないほど激しい光を放っていた。

刷毛で擦ったような薄い雲が浮いていて、妙に空を近くに感じる。


冷房の無い教室は、砂嵐の映像ばかり流す壊れたテレビみたいだ。

機能を果たさないのに義務的に流れていく。

汗が、頭を伝って額に落ちる嫌な感触がした。

真面目に授業を聞いているやつなんてごくわずかで、皆この熱気に対する不快指数をどう処理すべきかについてばかり考えている。


もちろん、俺はそのごくわずかに入るほど義務に忠実な人間ではなく、窓際の席だったことも手伝って窓から空ばかり見ていた。


不快を感じるほど暑い日でも、空は変わらず綺麗で。


ぼんやりとした頭に屋上の景色が過ぎった。


「おい、神名」


低い声が上からしたかと思うとまるめた教科書でぱこりと叩かれた。


うんざりとしそうな表情を引っ込めて、見上げると太い眉を吊り上げた顔がうつる。

数学の佐藤だった。


「お前、さっきから何見てる。そんなに俺の授業が簡単すぎて聞く必要も無いってか。じゃあ、前の問題はわかるな」


どっかの漫画かなにかで聞いたような嫌味教師の台詞を、黒板を示しながら佐藤が言った。うんざりする。


今度は表情を隠さずに無言で黒板のところまで歩いていく。

長ったらしい計算式と辿り着いた答えを、難なく書いてみせると、佐藤は苦虫を噛み潰した顔で俺を見た。


「優秀なのはわかったが、授業も真面目に受けるように」


お小言つきの言葉を「はぁい」と受け流して席に戻る。


やっぱり次の時間はサボって屋上に行こうと思った。






続く




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