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アリスの見た世界























それはある晴れた日の午後だった。


果てのない群青の空は可視域にある山を越えて遠く、遠く。それでも手の届きそうな程に近く。

刷毛で刷いたような雲が申し訳程度に浮かぶ。


少し離れた位置の木の陰には姉が座っている。

腰の辺りまであるブロンドを、結い上げずにお飾りのリボンをつむじの辺りで結んでいるのは、最近の流行であるようだ。

姉は巷で流行の分厚い小説を黙読している。

木の葉を揺らす風の音にまぎれて、紙片をめくる音が、僕の耳に届いた。


流行の洋服、流行の髪型、流行のお菓子、流行の歌、流行の小説、流行の。


姉の追い求めるものに、僕は一切の興味さえも沸かない。

こうして、家族で牧場近辺の別荘に遠出して、姉と午後のひと時を過ごそうとも、僕らの過ごし方など決まりきっていた。


結局、することがないから、姉の座る木の陰の裏側で仰向けにぼうっと空を眺める。


視界の中でひとつ、またひとつと、雲が通り過ぎていく。

眠りを誘うような緩慢な動きで。


僕の頭の中で、無意識に時間が刻まれる。

けれど、実際の時間の動きはそれよりもゆるやかなのだろう。

ぱらり、ぱらり、ぱらり、

葉擦れの音とも、繰る紙の音ともわからない。


僕はそっと目を閉じる。


静かな音に頭は支配されて、やがては何も聞こえなくなった。














うたたねをしていたのだ、と気づくのはいつも目が覚めた瞬間だ。



目を開くと、先ほどとあまり変わらない位置で雲が流れていた。


時間はさほど経っていないのだろう。

それでも姉のいるはずの場所から紙をめくる音が消えていた。

姉も眠ってしまったのだろうか。

身を起こして辺りを見渡す。


青みがかった鳥が空の低い場所をよぎり、柔らかい草が自分の体を支える手の辺りで風の吹く度にさわさわと揺れる。


さらに視線を巡らすと、向こうの森の辺りでウサギのような白い動物が歩いていた。


二足歩行で。




二足歩行?




「そんなばかな!」



僕の声が響いた。


どこもかしこも緩やかな景色に大きな叫び声は、あまりに似つかわしくなく。

ウサギのような動物はびくりと体をこわばらせた・・・ような気がした。


とたん、そいつは森の中に消えてしまった。








続く