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2













おそるおそる、僕は森へと近づいた。

うっそうと茂る木の影で、辺りの闇が濃くなってゆくのがわかる。



ウサギが消えてしまった場所へとたどり着くと、そこには何もいなかった。

ただ、深緑の雑草がそこにいた存在を表すように、踏み潰されている。

当然だ。普通の野生の動物ならとっくに逃げているだろう。

きっと僕が見たものは寝ぼけていたからこその幻だ。

森の奥は底なしの闇のようで、そこから先は自分にはもう用がない。

一刻も早くここから抜け出そうと思った。

いや、違う。

僕は怖かったんだ。

その闇に飲み込まれるのが。





「あのう、どうされたんですか?」





ビクリ



自分でもわかるほど肩を震わせたのがわかった。

ずいぶんとおっとりした口調ではあったが、突然、話しかけられたことに驚いた。

何より、一人だと思っていたのだ。

こんな場所で声をかけられるのは恐怖でもある。

振り返って、声の主を見て、僕は一瞬声を失う。

そこには今まで見たこともない風貌の人間がいた。

その人は、どこもかしこも真っ白な人だった。

真っ白な肌、真っ白な髪、真っ白なローブのような衣装。

唯一その人に違う色を加えるのは、ガーネットのような深い緋色の瞳。



「珍しいですか? 私の目と髪の色」



「え・・・?」



「ずっと見ていらっしゃったから」



ふふ、ともらすような笑みが漏れる。

その声は低いと言えず高いと言えず、独特の響きを持っている。

僕は、初対面の人をまじまじと見てしまっていたことに、今更ながら気づいて頬を紅潮させた。



「すみません、森に人が来るのは久しぶりだったので、声をかけたのですが、驚かせてしまいましたね」



目の前で、申し訳なさそうにうなだれる様子はとても悪意のある人には見えない。

こちらが責め立てているような気にもなって、一方的な謝罪はどうも居心地が悪かった。



「そんな、こちらも初対面の方に不躾ですみません。妙なものを見たので森に入ってしまったのですが・・・」



「妙なもの?」



「ええ・・・実は・・・」



そこまで言いかけてやめた。

初対面の人に「実はさっきまで昼寝してて、起きたら森の方に二足歩行のウサギをみつけたんです」なんて馬鹿げたこと、どうして言えるだろうか。

「夢でも見たのでしょう」と一蹴されるのがオチだ。



「どうなさいました?」



赤い瞳が覗き込んでくる。暗がりでわかりにくいものの、よく見れば綺麗な顔をしている。

微笑を浮かべてはいるが一定以上の感情をうかがわせない整った顔立ちは、中世的というよりもむしろ無性的であった。



「あ、いえ。なんでも無いんです・・・それよりもう日も暮れるでしょうし、僕は家に帰りますね」



「家に?」



「はい、この森から少し離れたところに・・・あれ?」








続く