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「何が、目的なんだろうな・・・・・・」

「・・・・・・」


疲れたため息を一つついて翔が独り言でも言うように落とした。

僕も同じ気分だった。


犯人の目的がどうしてもわからない。

犯人像がまだ曖昧でみえてこない。

手がかりといえば、あの携帯のアラーム・・・・・・。


「・・・・・・あの曲、千夏が好きだったんだ。どうしてだかわからないけど。『どうして?』って聞くと『いつか教えてあげる』っていつも言っていた。もったいぶったように言うから、何か思い出があったんだろうな」


沈黙を埋めるように、翔が話し出した。

彼は生来、こういう重苦しい空気が苦手なやつだ。

気を使っているのだろう。


「翔の部屋にあっただろ? オルゴール。あれと似たようなやつが家にもあるんだ。あんなに綺麗じゃなくて、飾りの何も無いものだったけど。姉さんは大切にしてた」


「誰かにもらったのか・・・・・・?」


少し翔の声に不機嫌さが滲んでいるのがおかしい。

こんな時に嫉妬でもしているのだろうか。


「ああ、父さんが・・・・・・」


 自然、自分も不機嫌さが滲んでいるのに気づいた。

父の存在が頭の端をちらつくだけで、妙な痛みが胸を過ぎる。


父は、姉さんにとって大切な人だった。

だけど、大切な人の大切な人が自分にとって大切であるとは限らない。

事実、僕は父の事が・・・・・・。


そこまで考えて、ある嫌な可能性が一つ湧いた。


「姉さんを殺したのは姉さんと親しい人物」


僕が言った言葉が、そのまま僕に返ってくる。





ルルルル・・・・・・





雨音しか聞こえなかった静かな公園に、音楽が流れ出した。


ずっと手に持っていた携帯からだ。

一瞬、例のアラームかと思った。

流れているのはあの音楽だったから。

でも、それは違うのだと携帯の画面を見てわかった。

画面には『公衆電話』の表示。


誰かが、姉さんの携帯に電話をかけてきた。




とっさに、ビニールから携帯を取り出し、通話ボタンを押す。

もう、指紋の事など頭になかった。


「お、おいっ・・・・・・!」


翔が止める声も耳に入らなかった。

嫌な予感がした。


『もしもし?』


電話の向こうからの声はボイスチェンジャーでも使っているかのような声だった。


「・・・・・・もしもし?」


僕が答えると、ククク、とくぐもった笑い声が聞こえる。


『そう、構えるな。薫だろう? そばには、翔くんもいる・・・・・・』


「・・・っ! なんで!」


僕の事を知っている。それだけでなく、翔のことも。やっぱり、そういうことなのか? 


『捕まえてみろ・・・俺を・・・・・・』


挑発的に犯人は嗤う。変声された笑い声は耳障りだ。


いや、それ以前にどこかで僕らは見られている。僕は周りを見て、公衆電話を探す。この公園の近くで公衆電話なんて一つしか知らない。


「あそこだ!」


翔が叫んだ。公園に隣接している電話ボックスを指差す。


かけつけると、ボックスには誰もいなかった。受話器がだらりと下がっている。


翔が苦い顔をする。


「逃げたのか?」


「いや・・・・・・」


公衆電話の横には人が通るための通りがあった。

ここから、100メートル先には歩道橋がある。

僕はその歩道橋の上を見た。

人影が見える。


そいつは傘もささずに立っていて、こちらをじっと見ている。

身動き一つせずに、こちらを。

ひどく不気味でぞっとする。

見たところ綺麗な服を着ているとは言えず、まるで、ホームレスみたいな男だ。

目深にかぶったキャスケットのような帽子のせいで、顔ははっきりわからない。

それでも・・・・・・それでも、あれは・・・・・・。





「父さん・・・・・・? 父さんなのか!?」


僕は、100メートル先まで届くように声を大にして叫んだ。

普段から叫ぶことなんて滅多に無いから、少し喉が痛くなった。


翔がびっくりしたようにこちらを見る。

僕が叫んだことに対してか、その内容に対してか、あるいはその両者か。


表情がよく見えないが、歩道橋の男は嗤った気がした。

それは、僕の言葉に対する肯定と受け取った。


男は、呆然とする僕らを嘲笑うかのように、きびすを返して、走り去ってしまった。


「ま・・・・・・待て!」


一拍遅れて、追いかけようとしたが、一瞬のうちに男はいなくなっていた。


遠くから見ただけだから確証はできないけれど、あれは父さんだった。


だとしたら、絶対に許せない。




続く