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「なあ、薫。千夏が死んだ後の手続きとかはお前がやったのか?」


「まあ、一応。うちは祖父母とか親しい親戚とかあまりいないし、母さんは娘が死んだっていうのに日本に戻ってこない薄情者だから頼りにならないし・・・・・・」


そこまで聞いて、少し悪いことを聞いたような気分になった。

さぞ葬式も寂しいものだったのだろう。

そう考えると、本当に、薫には肉親と言える肉親は千夏だけだったのだ。

父親の存在が出てこないのにはあえて触れないことにする。

彼の父親は離縁していてどこにいるのかわからない状態だ。


「じゃあ、まだ、この携帯解約していないのか?」


俺が聞くと、「あー」と小さく呻いて額に手を置いた。


「忘れてた。死亡届だとか保険関係だとか色々あって・・・・・・そういうのは後回しにしてたから。携帯の名義は母さんだし、これからしようと思っていたけど」


きっと精神的な負担もあるだろう。

事務的な事項を数えつつ思い出しながらうなだれる彼は気疲れのせいか顔色が悪いように見える。


「いや、いいんだ。ただ、この携帯がまだ使えるのか知りたくて」


「こちらから解約しない限り携帯会社が勝手に利用を止めることは無いと思うけど・・・・・・」


何かに気づいたように薫は表情を変える。

きっと勘の働く彼のことだから俺と同じことを考えているだろう。


「そういや、ずっと携帯が公園にあったとしたら・・・・・・」


「ああ、いくつかおかしい点がある」


やっと違和の正体が掴めた。

同時に、今まで曖昧に揺らいでいた真実の形が少しずつわかってきた気がした。

















「まず確認したいんだが、公園で拾ってからお前はまったく携帯をいじってないな?」


重要な事である。

まずこれがはっきりしないことには話が進まない。

とはいえ、答えは聞くまでも無い。

証拠を残すためビニールに包むことに気が回る彼なら、そんな事はしないだろうと断定した上での確認だ。


「もちろん、そんなことはしていない。だからこそ不自然なんだろう?」


さすがと言おうか。こちらの言わんとしていることはお見通しなのだろう。薫は目で先を促してくる。


「ああ、一つ目の疑問点として、携帯が使えるとしたら今までメールの受信や着信はなかったのか。さすがに千夏の知り合いからのものは無いにしてもメルマガや携帯会社のお知らせメールの類のものは来るんじゃないか?」


以前に千夏からその手の話題をふられた事があった。

彼女は、ファッション系の通販に関する無料サイトからのメルマガを拝読していた。

彼女が死んでから一ヶ月。

その死を知らない人間やサイトからメールの一つや二つきてもおかしくない。

むしろ来ないほうがおかしい。

そして来たなら受信音が鳴る。

そうすれば薫より以前に誰かに携帯の存在を気づかれているだろう。

ただ、これらはすべて可能性の問題だ。

もっと大きな問題はまだ存在している。


「姉さんがそういったものに登録してない可能性もあるけど・・・・・・」


そう言って、薫は携帯の受信歴を探る。

ピピピ、と電子音。マナーモードは設定されていない。

もし受信サーバに何件か入っているとしたら、その件数分受信音が鳴っただろう。

さっきの違和はこの携帯の操作音のせいだろう。


「ああ、20件。ファッション系のメルマガが十件。音楽系が5件。後は迷惑メールだ。これだけ携帯鳴っておいて今まで気づかれないってのもおかしいな」


あの公園は、人通りが多いほうじゃない。

それでも、近所には普通に住宅が建ち並んでいるし、あそこはたまにホームレスや素行の悪そうな高校生のたまり場になったりする。

そんな中で持ち主のない携帯が植え込みの中でなり続ければ誰かは気づくんじゃないのか。


「それでも、携帯はあの場所に一ヶ月間放置されていた・・・・・・」


「千夏が本当にあそこに携帯を落としたとしたらな」


薫はこくりと頷く。

まだ重要な疑問点がいくつか残されていた。

その疑問を一つずつ暴いていくと、何か恐ろしいものに辿り着いてしまうのではないかと思い始めてきた。

そう、千夏本人があそこに携帯を落とすはずがないのだ。





「もう一つの疑問点。携帯の充電が十分にされていた。一ヶ月間放置されていたのに、そんなことがあるのか?」


そこで、あ、と薫がびっくりしたように声を出す。


「そうか、充電か。そこまで考えが至らなかった」


その言葉に思わず呆れてしまう。


「普通まっさきに思いつかないか?」

「悪い、うっかりしていた」


疲れているからだろうか。

それにしたって抜けている。

薫は昔からそうだ。

頭がよく、細かいことに気が回って何をしても器用にこなせるくせに、他人が思いもよらないところで簡単なミスをする。

そのせいでよく中学高校の学力テストの時僅差で1位を逃していた。


「けど、ずっと電源を切っていたとしたらそれにも合点がいかないか? それだと、メールが受信されても誰も気づかない。セットされたアラームがなった時に同時に電源が入る仕組みになる」


携帯のアラームには、電源を切った状態でもアラームが鳴れば自動的に電源が入るという機能がある。


その事を薫は言っているのだ。

確かに、電源を切っていればだいぶ電池使用量はセーブされるだろう。だけど・・・・・・。



「電源を切ったからって一ヶ月間ずっと電池容量がいっぱいの状態でいられるのか?」


「僕はそんなことしたことないからわからない」


まあ、そりゃあそうだろう。

俺だってしたことがない。

だが、薫の言ったことがつじつま合うのなら話は振り出しに戻ってしまう。

再び考え込んだ俺に薫はぽつりと話し出す。


「・・・・・・もう一つおかしいことがある」








続く