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amaoto chapter3















明かりの無い、暗い暗い部屋の窓から、去っていく父親の背中を見ていた。

小さな姉と寄り添って、遠くなっていく背中をじっと見つめていた。

子供ながらに、もう会えないんだと実感していた。

母親は声を殺して泣いていたけど、僕らは『行かないで』なんて言えなかった。

どうしようも出来ないことなんだとわかっていたんだ。


今思えば、言うだけでも言っておいた方がよかったと思う。

伝えられるうちに伝えておけばよかった。

人間なんていつ、どうなるかわからない。

本当に二度と会えなくなる可能性なんてそこら辺にごろごろ転がっている。


あの日も確か、雨が降っていた。

僕の中でつらい過去はいつも雨だ。







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雨に濡れた公園は、ひどく殺風景で、世界から取り残されているみたいだ。

ペンキの剥がれた遊具に、絶えること無く雨が降る。


誰もいないから静かだった。

雨音が、染み込むように静けさを強調する。


そんな公園に傘が二つ。

赤い傘は翔のもので、翔から借りた青い傘は僕が持っていた。


「お前、午後の授業、大丈夫だったのか?」


傘を傾けて、翔が問う。反動で彼の傘から溜まった雨水が跳ねた。


「大丈夫、優秀だから」


冗談めいた言葉を真顔で言うと、翔は苦虫を噛み潰したような顔になる。

大学生だから、単位に響かない程度にサボることはそう珍しくないのに、彼はこういうことには律儀だ。


「それに、こんな時に大学なんて行ってられない」


僕は目の前の木を見上げた。

大きな木だ。

太い幹からは太い枝が四方に伸びている。

そのうちの何本かは人一人が乗ったとしてもびくともしないだろう。


どれだろうか、一晩中姉さんの体を吊るし続けた枝は。

木に罪などあるはずがないが、自然に睨むようになってしまう。


雨に濡れた葉はわずかな風に揺れて雫を振り落とす。

それを何度も繰り返す。

その繰り返しに記憶が揺り動かされる気がして、姉と過ごした日々を思い出す。

楽しかった日々は今思えば胸が痛くなる。


いつの間にか僕は、父と別れた日の事を思い出していた。

あの日、呆然と見つめる父の背中は曖昧に揺れていた。

僕は裏切られた気持ちでいっぱいだったけれど、泣いたりはしなかった。

泣いては負けだとどこかで思っていた。


葉の雫は雨の強さに比例して、その量を増していく。

幼い日の苦い雨の記憶は水底を目指して巡る。

そして僕の記憶はたどりつく。

幼い姉と初めて出会った日へと。







続く