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くまのぷー太郎





森の奥にぽつんと置き去りにされたような切り株が一つあった。

友達にも内緒にしているそこは、僕にとってのひみつきち。

切り株にすわって、一日中、何も考えないでぼうっと空を眺める。

時おり、手に持った壺に入ったハチミツを舐める。

高い木々に囲まれて、丸く切り取られた空を見る。

青くて、どこからか白い雲がふよふよ浮いて来たりする。

僕だけの空だ。

この空があって、大好きな蜂蜜があれば、他には何もいらない。

僕だけの最高の時間。

その、幸せな日常はある日突然壊された。



ずさささささささっ


大きな音が僕の目の前で鳴った。

草を切り裂くような鋭い音。

ぽかん、と見つめる僕の視線の先には青く大きな物体が倒れていた。

一見、大人の人間に見える。

だけど、おかしいのはその全身が青いこと。

そういう服を着ているだけなのだけど、こんな特殊な服は普通は着ないだろう。

俗に言う全身タイツである。

コスプレの人だろうか。

無視しようかとも考えたけれど、目の前で倒れられておいて無視するというのもひどいような気がして、おそるおそる声をかけた。


「あ、あの、大丈夫・・・・・・ですか?」


腫れ物にさわるかのようにびくびくと震えながら、僕はその青い人に触れようとした。

その瞬間、がばっ、と激しい勢いで青い人は立ち上がった。

立ち上がったものの今の状況を飲み込めていないのか、頭に手を置いて何か考える振りをした後、空を仰ぎ地面を見てまた空を仰いだ。


「くそっ、油断した。あのカラスめ・・・俺の行く先を邪魔しやがって・・・」


何事かぶつぶつ言いながら、青い人はいまいましげに空を見た。

(といっても全身タイツなので表情は見えないから、そこは僕の想像だ)

その間、お母さんがいつも、あぶない人に近づいちゃいけないよ、といっていたのを僕は思い出していた。

意を決して、この場から立ち去ろうとそろりと切り株からおしりを浮かせる。

全身タイツはこっちに気づいていない。

まだ空に向かってぶつぶつ文句を言っている。チャンスだ。

僕が一歩踏み出したとき、足元でパキっと不吉な音がした。

静かな森にそれは大きく響いた気がした。

僕はこわごわ全身タイツの方を見た。

そいつはこっちをじいっと見ていた。そのタイツの目の辺りは黒い布で覆われている。

まるでサングラスのようである。

そのサングラスのような布の先にある二つの目を想像して、僕の体は恐怖でかたまった。


「おい、そこのクマくん」


「は、はいっ」


そいつは僕に話しかけてきた。

僕はもう観念するしかないと思った。

その青いタイツに包まれた手が僕の肩に伸びて来たときも、僕は動くことが出来なかった。

僕は肩を強くつかまれた。

布越しに目を覗き込まれて体が震える。


「この辺で何か事件は起きなかったかね?」


「はい?」


僕は思わず聞き返していた。

何なんだろう、この人は。

「いや、私は通りすがりの正義の味方なのだが、最近平和すぎてヒマなのだ。
やることと言ったら、この辺のパトロールくらいしかない。
しかし、カラスという悪の手先にマントをついばまれてしまった以上、パトロールさえもろくに出来なくて困っている。
このままでは正義の味方のこけんに関わるのだ。
頼む、何でもいいから事件があったら教えてくれ!」


「はあ? いや、そんな事いわれても・・・・・・この森はいたって平和だし・・・・・・事件といった事件は・・・」


「そうか・・・・・・」


自称正義の味方の全身タイツはわかりやすいくらいがっくりと肩を落としてうなだれた。

どうでもいいけど、早く僕の肩から手を離してほしい。

そもそも正義の味方が事件を求めるというのはいけない傾向だと思う。

カラスだってべつに憎くてマントをつついたわけじゃないだろうし。

逆に事件が正義の味方を求めるというのは現実にはあり得ない。

とはいっても、この状況もかなりあり得ない状況だ。何とかしなければ。




続く