「アリス、アリス、起きて」 そうして私のささやかな希望は砂の城のごとくあっさり崩された。 私を揺り起こす声は、母の高い声でも、妹の幼さの入り混じった甘えた声でも、いつも朝になると聞こえてくる鳥のさえずりでもなくて。 青年の優しい声だった。 「んっ・・・・・・うう」 窓から差し込む光が、朝を告げている。 気だるそうに声のした方を見ると、申し訳なさそうな青い瞳が覗き込んでいた。 「ごめんね、女性の部屋に入るのはどうかと思ったけど、さすがにもうお昼前だし、早くここを出ないと、夜は野宿になっちゃうと思って・・・・・・」 何となく目をそらしながら言っている気がして、ベッドの脇の壁がけの鏡を見る。 すると、髪はぼさぼさ、着衣は乱れがち、目は半開きのひどい姿が映っていた。 「・・・・・・やだ、気にしないでよ。こんな時間まで寝てた私が悪いんだし」 徐々に頬が熱くなってくる。 たぶん紅いであろう顔を隠すように、手櫛で髪を整えた。 顔を上げると男もまた頬を赤らめていて、どうしようか迷っているといった顔で立っていた。 そんな姿がなんだか少年みたいで可愛いと思った。 実際、朝日の中で見る彼は稀に見るほど綺麗な顔立ちをしている。 光の一つ一つをはね返す艶めいた黒い髪と、空色の宝石みたいな瞳を持つ容貌は、華やかさはないものの流水のような静かな美しさがある。 (ふわあ、目の保養だわ・・・・・・) すっかり目が覚めてしまって、伸びを一つしてベッドから降りた。 深呼吸を一つすると、不思議と気分が落ち着いてくる気がした。 鼻を通る冷たい空気の感覚が現実感を自分に伝えてきた。 「これは、夢ではないわけね・・・」 そう、そういうわけね。自分に言い聞かせるようにつぶやく。 これは悲観ではなく諦観。 どんなに、あり得ないことだとしても、逃げることも放棄することも出来ないのなら、受け入れるしかないだろう。 「じゃあ、僕は下で待ってる。そこのクローゼットの中の服は女将さんが好きに使っていいって言っていたから」 こちらの思いを汲み取ったのか、ふ、と鼻から抜けるような笑みをもらして青年は部屋を出た。 続く |